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山内昌也『渓の響』発売中

琉球古典音楽の野村流師範(歌三線)で、私の勤務先の同僚でもある、山内昌也さんの表題の独演CDが発売されました。
私はブックレットに「『渓の響』によせて」というライナーノートを寄稿させていただいております。
ぜひご購入を!といっても、自費出版盤であるため、購入するための情報が、ネットのどこにも落ちていない……(汗)。
というわけで、ご購入希望の方は、私の連絡くだされば山内さんに繋ぎますので、そういうことでよろしくお願いいたします!
ちなみにお値段、フルアルバムで2500円(税込)と、大変お安くなっております。
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# by rnfrst | 2017-05-31 16:50

トークイベント「美術館という地雷原 それらは不発のままで保たれうるか?」6月2日(金)@ゲンロンカフェ

表題のイベントに登壇します。
超重要な話をしますので、ぜひご来場ください。

「美術館という地雷原──それらは不発のままで保たれうるか?」
登壇者:岡﨑乾二郎 × 岡田温司 × 土屋誠一
日時:2017年6月2日(金) 18:30 ~ 21:00(開場17:30)
場所:ゲンロンカフェ
【イベント概要】
ここ数年、美術に対する相次ぐ表現規制は、美術館という機関においてもまた無関係ではない。とりわけ日本国内においてのそれは、かつてから懸念されていた制度的疲弊を、結果的に明白するものとなった。
美術館に対する露骨な軽視は、確かにこの国の文化的民度を示しているかもしれない。とはいえ美術の側から、美術館を擁護する有効な手立てがとられていない上、美術館経営においても、危機意識が共有されていないことがはっきりしたのではなかろうか。
今回のイベントでは、美術家かつ美術批評家でもある岡﨑乾二郎、美術史家である岡田温司、表現規制への反対論陣の形成にかかわってきた批評家の土屋誠一の3人が、ここ数年の動向を批判的に総括しつつも、「美術館」が本源的に持つポテンシャルを議論する。

http://genron-cafe.jp/event/20170602/
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# by rnfrst | 2017-05-19 07:47

「黒嵜想×土屋誠一 アーギュメンツ沖縄 in BARACK」2017年5月17日

表題のトークイベントに登壇します。
緊急ですので準備万端というわけではありませんが、ネット上でもリアルタイムで配信されるのだと思います。
ぜひご来場、無理ならばご視聴いただければ。

「黒嵜想×土屋誠一 アーギュメンツ沖縄 in BARACK」
日時:2017.5.17
19:30開場
20:00開始
21:30終了予定

登壇者プロフィール:
黒嵜想(くろさき・そう)
1988年生まれ。音楽学に拠らない音声論を中心的な論題とし、批評やイベント企画などの活動を展開。『アーギュメンツ#2』編集、声優論『仮声のマスク』(本誌連載)、活動弁士・片岡一郎氏による無声映画説明会「シアター13」など。

土屋誠一(つちや・せいいち)
1975年生まれ。美術批評家。沖縄県立芸術大学准教授。著書(共著)に『実験場 1950s』(東京国立近代美術館)、『現代アートの巨匠』(美術出版社)、『現代アートの本当の見方』(フィルムアート社)、『現代アート10講』(武蔵野美術大学出版局)など。

会場:BARACK(那覇市大道130 森田ビル203)

入場料:無料
※ただし会場ではアーギュメンツの販売が行われます

https://note.mu/kurosoo/n/n1ab423eea7ed
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# by rnfrst | 2017-05-17 08:05

山城知佳子写像展「存在の海」クロストーク@RENEMIA 6月11日

表題の展覧会で、映像作家・美術家の山城知佳子さんと、久しぶりに対談します。
この展覧会、盛りだくさんの上映企画やらトークやらがてんこ盛りなので、ぜひ通い詰められることをお勧めします!

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山城知佳子 写像展
存在の海 The Sea of Being

ひとつの終わりには、新たなはじまりがあるー
波紋のように幾重にもひろがる山城知佳子の映しだす世界を
映像から切り取った写真作品と上映会にてご紹介します。

沖縄に生まれ、この地で制作を続ける山城の作品は、
圧倒的な映像美と複層的に絡み合う物語性の高さにおいて
観る者を惹きつけてやみません。
それは同時代を生きる私たちに多くの気づきを与え、
そして生きていくうえでかけがえのない糧となるでしょう。

あいちトリエンナーレ2016で話題となった最新作《土の人》をはじめ
これまでの作品を網羅する上映会とトークを作家自身、
また多彩なゲストを迎え会期中の毎週末に開催いたします。

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会期:2017年5月27日(土)~6月11日(日)14時~19時/入場無料 *CLOSE 5/29,30 6/5,6
会場:RENEMIA(那覇市牧志2-7-15)
主催:株式会社レネミア、LUFT コーディネート:町田恵美
問合せ:RENEMIA 098-866-2501|http://www.renemia.com/

上映プログラム/有料
時間:19時半~ *上映終了後にトークイベントを予定しています。
定員:40名(事前申込/先着順)*座席に限りがあり、立ち見になる場合もあります。予めご了承ください。
料金:1500yen 1drink付き
申込み方法:RENEMIA 098-866-2501(受付時間:14時~19時 ※日曜定休)

5/27(土)A:クロストーク ゲスト:近藤健一(森美術館キュレーター)
 28(日)B:アーティストトーク
6/3 (土)C:クロストーク ゲスト:富田大介(追手門学院大学社会学部 准教授)
 4 (日)D:アーティストトーク
 10(土)E:アーティストトーク
 11(日)F:クロストーク ゲスト:土屋誠一(美術批評家/沖縄県立芸術大学 准教授)
A)黙認浜(27分/2007)、アーサ女(7分/2008)、肉屋の女(27分/2012)
B)BORDER(8分/2003)、OKINAWA墓庭クラブ(6分/2004)、オキナワTOURIST(20分/2004)、ホースバックライティングガールズ(7分/2008)
C)Music Song Dance『PACIFIKMELTINGPOT / In Situ Osaka 2013』リサーチワーク編(60分/2015)
山城知佳子+砂川敦志(水上の人プロダクション)
D)ノーラ・チッポムラ記録映画(40分/2015)
E)あなたの声は私の喉を通った(7分/2009)、沈む声、紅い息(6分/2010)、コロスの唄(9分/2012)、創造の発端(18分/2015)
F)土の人(26分/2016)   

作家略歴
山城知佳子(映像作家、美術家)
1976年沖縄生まれ。沖縄県立芸術大学大学院絵画専修修了、現在同大学非常勤講師。
近年の主な展覧会に、2016年「あいちトリエンナーレ2016」、2015-16年「第8回アジアパシフィックトリエンナーレ」QAGOMA(オーストラリア)、2015年「East Asia Feminism: FANTasia」ソウル市立美術館(韓国)、2012年「森美術館MAMプロジェクト018:山城知佳子個展」森美術館などがある。KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2017では「土の唄」と題し、近年の作品を組み合わせ発表した。

ゲスト略歴
近藤健一(森美術館キュレーター)
2003年より森美術館勤務。「MAMプロジェクト018:山城知佳子」(2012)、「アラブ・エクスプレス展」(2012),「アンディ・ウォーホル展」(2014)、ビル・ヴィオラやゴードン・マッタ=クラークの映像作品上映(2015)などを企画。2014―15年にはベルリン、ハンブルガー・バーンホフ現代美術館で客員研究員を務める。

富田大介(追手門学院大学社会学部 准教授)
専攻は美学、身体文化論、ダンス。近著に、太平洋諸地域の研究者やアーティストがR・ショピノを軸に展開した国際プロジェクトの記録集『身体感覚の旅——舞踊家レジーヌ・ショピノとパシフィックメルティングポット——』(大阪大学出版会、2017年)がある。

土屋誠一(美術批評家/沖縄県立芸術大学 准教授)
共著書に、『実験場 1950s』(東京国立近代美術館、2012)、『現代アートの巨匠』(美術出版社、2013)、『現代アートの本当の見方』(フィルムアート社、2014)、『拡張する戦後美術』(小学館、2015))、『批評 前/後 継承と切断』(ユミコチバアソシエイツ、2017年)、『現代アート10講』(武蔵野美術大学出版局)など。
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# by rnfrst | 2017-05-07 11:42

『絵画検討会2016』出版記念トーク「グリッチと絵画の世界解釈」

東京の美学校を会場にした表題のトークイヴェントに、沖縄からスカイプで参加することになりました。
ゆえに私は会場におりませんが、しっかりガチでお話しするつもりですので、どうぞご来場ください。

『絵画検討会2016』出版記念 トーク「グリッチと絵画の世界解釈」&パーティー
日時:2017年4月20日(木) 19:00開場、19:30~トーク、20:45~パーティー
会場:美学校 本校(東京都千代田区神田神保町2-20第2富士ビル3F)

■トーク「グリッチと絵画の世界解釈」
登壇者:浦野玄馬、gnck、高田マル
コメント参加:土屋誠一@沖縄
※入場無料、予約不要
※ライブ中継等はありません

■パーティー 
本の関係者ほぼ全員集合公開飲み会です。どなたでもご参加いただけます!
※飲食代=お一人1,500円
※料理協力:志賀春香(はなれ)、まめ(リリパット)

☆会場で本の販売も行います。本の詳細は下記ご覧ください。
artdiver.moo.jp/?p=1873

https://www.facebook.com/events/1439199452778284/
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# by rnfrst | 2017-04-14 23:50

『「ゴードン・マッタ=クラーク 建築と写真」報告書』刊行

表題の報告書が刊行されました。
非売品のはずなので、大学図書館などのルートを辿って読んでいただくしかないと思われますが……。
書誌データは下記です。
平野千枝子編『研究フォーラム「ゴードン・マッタ=クラーク 建築と写真」報告書』2017年

この報告書、一年ほど前に山梨大学の平野千枝子さんが取り組んでおられる、マッタ=クラークについての研究会ということで、建築家の鈴木了二さん(大物!)と私(小物……)が平野さんの研究発表に対してコメントするというものが、文字化されたものです。
http://stsuchiya.exblog.jp/22878684/
マッタ=クラークについて日本語で読める貴重な文献であることは間違いない(ゲストで呼ばれた当事者の私は、平野さんが頑張っておられるのと、鈴木さんという大物とご一緒させていただいたこと以外、俺なにやったっけ?という感じで実感ゼロなのですが 笑)ので、なんとかしてぜひお読みいただきたいものです。

というわけで、広義の同業者の方で、ぜひどうしてもという方がおられましたら、どうにかなるか保証はありませんが、連絡くださればどうにかできるかもしれませんので、一応連絡くださると、何かの可能性が開かれるかもしれないし、開かれないかもしれません(笑)。
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# by rnfrst | 2017-04-11 23:17

「美術月評〈3月〉」『沖縄タイムス」2017年4月7日

 「現代沖縄陶工展 小橋川清正 陶技65年」(那覇市立壺屋焼物博物館、2月21日~3月20日)は、大ベテランの仕事を通観できる貴重な機会であった。この個展は、小橋川の際立った今日性を新鮮に伝えてくれるものだったと思う。鍛えられ、安定した技を見せてくれるというよりも、この陶工が常に新しい陶器づくりを目指しており、「力強さ」という事態に、その努力が向けられている。鮮烈な赤の色使い、そしてなによりも、生命力を感じさせる陶器の大胆なかたちの創出、そんなところに、安定志向ではない、清冽な陶工の企みを見出すことができた。79歳の陶工が、かえって若々しくすら見えることは、沖縄の陶芸界の厚みを証明するものであると同時に、より若い陶工を奮起させるものであったはずだ。
 「BACK TO BACK 沖縄ストリートアート・エキシビション」(県立博物館・美術館エントランス、3月7日~20日)は、在県のストリートアートの3組のチームが参加した、ショーケース的な展覧会であった。
 1970年代末にニューヨークを中心に発展し、今日においてはバンクシーのような、スター的存在も登場するに至った、短からぬ歴史を持つ表現形式であるが、ストリートアートのユニークさは、それらが都市を中心とした公共空間の、文字通りのストリート(路上)で成熟してきたことだ。しかもそれは、若者文化、下層文化としての自意識と反抗を、多かれ少なかれ共有しており、「お芸術」とは異なる文化階層を代表するひとつである。さらに、このような表現のスタイルは、例えば音楽やダンスであればヒップホップがそうであるように、アメリカの、主として有色人種が担う文化の異種混淆性に出自を持つことを考えれば、すぐお隣にアメリカを抱える沖縄においては、必然的に発展したものであるとさえ言ってよいかもしれない。
 ただ、注意しなければならないのは、あくまでストリートアートは、見た目の派手さやチャーミングさと裏腹に、合法・非合法のグレーな領域にあるということだ。筆者はこの「グレー」であることを、是としたい。杓子定規に白黒はっきりさせることばかりを求め、自らの自由を自ら捨てることに無頓着であるように思われる今日において、「グレー」であることの矜持は、不自由との抗争点を引き受けることに他ならないからだ。一時的とはいえ、ワイルドなストリートに展開されるような、グラマラスな空間がミュージアムの一角に出現していたことは、私としては希望と考えたい。
 「山元恵一展 まなざしのシュルレアリスム」(県立博物館・美術館、3月3日~4月23日)は、ニシムイ美術村世代の重要な画家の仕事を振り返る、貴重な展覧会であったことは間違いない。ただ、難を言えば、山元の画家としての軌跡を補足するための説明的材料として、山元以外の画家の作品が数多く展示に供されていたことは、かえって山元の仕事の中核を、ぼやけさせてしまったように思う。東京でシュルレアリスムの影響を受け、活動を共にした本土の画家たちの作品が、比較的数多く見られるという点では、今回の展観は稀有な機会であったかもしれないが。
 それはともあれ、1960年代末ごろから晩年にかけて描かれ続ける、いわゆる「牛骨シリーズ」の異様さに目を引かれる。このシリーズは、ベテランの境地に達した画家の自己模倣と片付けるには、あまりに同じモティーフに固執し過ぎており、いったいこの画家は、皮が剥がれ、赤々とした肉をのこした牛骨を通じて、何を見ようとしていたのか。ひとつ明らかだと思われることは、牛骨に人間像を託していたであろうことだが、しかしその人間像、あるいは人間観は、肉がむき出しになり、身体は寸断され、恐怖と同時に嗜虐性すら思い起こさせ、決して明るい人間像をそこに見出していたわけではないことは知るべきだろう。
 だとすれば、山元=シュルレアリスムの画家という理解のみで、山元の仕事を判断するのは慎重になるべきであり、今日なお、大きな「謎」として、その作品があることは、その過剰なまでの骨と肉の露出において、畏怖すべきである。
 「結展vol.8」(県立博物館・美術館県民ギャラリー、3月22日~26日)は、県立芸大出身の作家たちによる定例行事のようなもので、率直に言って、すべての作家が本気で作家活動をしているとは到底思えない。しかし、定点観測するための展覧会と割り切ってしまえば、注目すべき作家は確認できる。
 まず、屋宜久美子の抽象絵画の、画面全体が均質であるがゆえに極めて浅い奥行きしか持たず、けれどもいくらか、例えば気泡のような再現性を感知してしまい、逆説的に奥行きを見出してしまうような、不思議な絵画空間には注目したい。
 そしてなにより、金城徹の、極めて繊細な金細工と、金属の錆の使用という剛直さは、全く異なる二つのテーマとしてあるのではない。前者は事物が生成される瞬間、後者は事物の終わりの極と考えれば、実はその両極においてつながっているのだ。30代中盤を折り返したはずのこれらの作家たちが、本領を発揮するのは間近である。
 さて、筆者は美術月評の担当を、今回で最後とすることになった。担当当初から今日まで、好き勝手に放言してきたわけで、批判の言の折には、批評対象の怒りを買ったことも少なくない。しかし、芸術についての言説は、自らの正義と倫理にかけて、否定すべき際には率直にそう述べるべきであり、仲間内の褒め合いからは、何の創造性も生まない。沖縄県内で展開される展覧会は、今後も継続して見続けるので、芸術の志を高く持ち続けることを、この月評執筆で得た、かけがえのない糧とすることは約束しておきたい。

『沖縄タイムス』2017年4月7日
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# by rnfrst | 2017-04-09 08:55

『辺境芸術最前線』刊行

表題の書籍が刊行されました。
これは、秋田公立美術大学の事業の成果報告の一部と言っていいのでしょうか、一般の方々にはPDF版が公開されているようです。
書誌情報は下記です。
AKIBI plus事務局(岩井成昭・石川真由子・伊藤美生)『辺境芸術最前線 生き残るためのアートマネジメント』秋田公立美術大学、2017年

私はこの中で、
「芸術と辺境を考えるためのメモランダム(極私的に)」というテキストを寄稿しています。

沖縄で日々考えながら実践していることを、結構赤裸々に書いたテキストですが、ぜひご一読いただければ幸いです。

http://akibi-plus.jp/topics/1666/
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# by rnfrst | 2017-04-03 13:35

『絵画検討会2016』刊行

表題の書籍が刊行されております。
書誌情報は下記です。

高田マル編著『絵画検討会2016 記録と考察、はじめの発言』アートダイバー、2017年

これは、昨年の7月に開催された同名の展覧会のドキュメントと、さらなるコンテンツがてんこ盛りになっている書籍で、私も論考を寄稿しています。
私は
「「デスクトップ型絵画」理論構築のための序論」
という論考を寄稿しました。
ぜひご一読いただければと思います。

http://artdiver.moo.jp/?p=1873
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# by rnfrst | 2017-03-13 23:36

『現代アート10講』刊行

寄稿しました表題の書籍が、リリースされました。
書店に並ぶのは、あと数日だと思います。

田中正之編『現代アート10講』武蔵野美術大学出版局、2017年

マルセル・デュシャンから今日まで、という射程で編まれている、武蔵野美術大学の通信教育課程で使用される目的で刊行されたもの、というのが本書籍の目論見のようですが、教科書と呼ぶには、私を含めあまりに各章執筆者のバイアスがかかっており(笑)、と茶化して言っていますが、真面目に言うと、この錯乱ぶりが、20世紀以後の「現代アート」なるもののあり方を、率直に示していると思います。

ハードコアな専門家的論文ではないですが、とはいえ逆に、初学者向けのヌルい記述にもなっていないので、「教科書なんて今更読まないよ」というプロの方も、勿論初学者の方も、読んで損することはないのは絶対にないことは間違いないです。
ちなみに私は「現代アートと写真 アプロプリエーションの時代からティルマンスまで」という章を執筆しています。
ぜひご入手ください!
なお、武蔵野美術大学出版局のほうには、まだ近刊予告としてしかリリースされていないようなので、AmazonのタイトルのほうのURLも貼っておきます。

http://www.musabi.co.jp/topics/entry_display.php?ID=69a3a433ad4ef0cb183ea2a20378d21a81a53060
https://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8810%E8%AC%9B-%E7%94%B0%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E4%B9%8B/dp/4864630577/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1489017008&sr=1-1&keywords=%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8810%E8%AC%9B
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# by rnfrst | 2017-03-09 09:10