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美術月評〈7月〉

 沖縄県立芸術大学の首里崎山キャンパスにある彫刻演習室では、ここのところ活発な展覧会活動が行われている。例えばこのような、必ずしも展示のために整備された環境ではない場所で、作品がいままさに発生する場面に立ち会うことは、同時代の美術を発見する喜びを伴うものだ。作品は、美術館や画廊でのみ発生するわけではない。あらゆる場所において、その発生の潜在的な可能性は胚胎しているのだ。
 同会場で開催された「陳佑而個展 頭の中の湿った土」(7月24日~8月2日)では、主に動物の頭部を主題にした彫刻作品が発表された。しかし、陳の作品が興味深い点は、彫刻作品それ自体の完成度や、ジャンルとしての彫刻の特質にあるわけではない。展覧会場には、彫刻作品のみならず、写真、ラフなスケッチ、細々したオブジェ、小ぶりの絵画など、さまざまな媒体によるイメージが、等価に並べられている。
 ここでは、二通りの読解が促される。ひとつは、完成した彫刻作品に至るまでの、少なからぬイメージへの参照の軌跡が、展示のレヴェルにおいて提示されているということ。もうひとつは、彫刻もまた、媒体を横断する様々なイメージと等価であり、彫刻作品が特権的な作品なのではなく、大小のイメージを含む展示総体が作品なのである、ということだ。どちらが正しいかは於くとして、ここでは後者の読解のほうを選択したほうが、より陳の作品が持つ想像力の根本に近づき得ると思われる。動物をかたどる彫刻それ自体は、とりたてて批評的な関心を惹くものではない。けれども、彫刻を含んで提示される様々なイメージの総体は、あたかも博物学的なコレクションのように機能し、イメージ相互がその記号の指向性に即して、参照し合い、響き合うことになる。したがってその作品においては、イメージは相対化され、終わりのない開かれた構造を持つ。その開かれた構造は、彫刻というジャンルそれ自体をも相対化することにも繋がり、ジャンルや媒体を越えた、イメージそれ自体の創造過程を、観る者は目の当たりにすることになるのである。
 同じ会場での「堀園実展 will become sculpture 彫刻になる前の、」(7月10日~14日)で展示されたものは、絵巻物状に長い支持体に、らせんを描くような肉感的な形象が表された、彫刻のエスキースと言ってよい作品である。展覧会タイトルが示すままの作品ではあるが、紙の平面上に表されたヴォリュームは、明らかに彫刻的な特質を示すものであり、それ自体、彫刻作品と同等の感覚を伝えるものであった。これはいわば、三次元的な彫刻の、二次元平面上への置き換えである。つまり、ジャンルの変換がこの作品において試行されている、とも読み得るものである。
 フォーマルな会場ではない場所での展覧会ということで言えば、丹治莉恵による「Continuation」の2回目の展覧会(木村容二郎さんの改装中の工房、7月15日~16日)が開かれたことは、記しておきたい。この試みは、毎回不特定の場所で、毎月全12回の展覧会を開くというもので、スナップショット的な展覧会とでも言える実験である。今回は小さなブロンズの彫刻作品が展示されたが、作品の質についての速断は避けたい。全12回の試行が終了した段階で、その実験の成果が事後的に発見されることになるであろう。ひとまず、このようなゲリラ的な手法で展覧会を行うこと自体、展覧会という形式に対する批評的な介入になり得るという点だけの指摘に止めておこう。
 「高良憲義展 ぼくは戦争難民」(画廊沖縄、7月20日~29日)は、沖縄内でさえも評価が高いとは言えないこの作家に対して、正当な評価を与えるきっかけとなる展覧会であった。高良のこれまでの軌跡をたどる、小さな回顧展とも言えるこの展示において、この作家の特質をはっきりと確認することができた。高良の作品の平面は、一般的なタブローというよりもむしろ、記号を配置する支持体、あるいは地図を描く支持体としてある。そこで指示されるものは、戦後沖縄の地図であり、図表であると言うことができるだろう。荒々しい作りながらも、その記号操作の手付きは、極めて知的な作業であると言ってよい。この展覧会において、高良の今後の動向が無視し得ないものになったのは、確かである。
 北海道の釧路を拠点としつつ、世界各地でその制作を展開する作家による、「富田俊明 work in progress 灰と頬」(旧・若松薬局、7月15日~16日)は、展覧会のタイトル通り、継続するプロジェクトの途中成果の報告というべき試みであった。「灰と頬」というそれ自体詩的な想像力を喚起する主題から出発し、明確な物体としての作品を提示するのではなく、展示会場に選ばれた空間から喚起される雰囲気や、会期中に会場で展開されたイヴェントなどによって、現場に立ち会った物がさまざまな物語を連想するというものであった。この展覧会はあくまで継続中の作品であり、再び沖縄において富田の試みに出会える機会もあるだろう。
 沖縄の美術工芸史に寄与する展覧会としては、「致元と八重山古陶」展(那覇市立壺屋焼物博物館、6月30日~8月26日)が興味深い。名品が集められたこの展覧会において、研究が進んでいるとは言い難い、近代以前の八重山における焼物の歴史が、再検討される端緒となるだろう。遠くないうちに、この展覧会の成果が集成された出版物も刊行予定とのことなので、そちらにも期待したい。

『沖縄タイムス』2012年8月10日
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by rnfrst | 2012-08-11 10:15

『沖縄タイムス』2012年8月10日 「美術月評〈7月〉」

『沖縄タイムス』の本日付の記事として、「美術月評」を寄稿しました。
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by rnfrst | 2012-08-10 11:09