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美術月評〈7月〉

 立場上、ひいきになりかねないので、学生による展覧会は本月評ではなるべく取り上げないようにしているのだが、沖縄県立芸術大学の学生たちによって組織された「ここで、何かを、どうにかする、ために」展(県立芸術大学首里当蔵キャンパス敷地内、1~7日)は、取り上げないわけにはいかない。
 作品としては、構内の中庭中空に、隣接した校舎の壁面からテグスを網目状に張り巡らせた玉城博香の作品が、たったそれだけの手続きにもかかわらず、屋外空間を一変させていたという点で、圧倒的であった。ひとつの校舎の各階あちこちで、モーリス・ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」が同時に演奏されている様子を、複数のカメラで校舎の廊下を回遊しながら撮影した嘉手苅志朗のビデオ作品も、合奏を手掛かりとして、空間の広がりを提示していたという点で興味をひかれた。しかし、この展覧会の最も評価すべき点は、県内のみならず、さまざまなメディアを駆使して、自分たちの企画を「外」へと発信しようとしていた点である。
 例えば、会期中に開かれたトークイベントの模様は、インターネットを通じてライブ配信された。展覧会をわざわざ開くのならば、可能な限り遠くの人まで届いたほうがいい。芸術が、成熟した都市文化にかなりの程度依存するならば、沖縄の地からの表現は、なかなか多くの人々に届きづらいのは、認めざるを得ない現実である。そのことを踏まえつつ、では沖縄から表現を発信するにはどうすればよいのか。沖縄の外にもいるかもしれない潜在的な観客に対して、自らの試みをなんとか届けるべく、「どうにか」しなければならないことに、彼/彼女らは自覚的であった。沖縄内部で評価されることで安住する美術関係者が多い中、これは極めて切実かつ意欲的な企画だったと言える。
 若手、中堅のアーティストらによって運営されている「compass」のメンバーによる展覧会、「visions|for the world to come」展(キャンプ・タルガニー、13~28日)は、個々の作家の特性がそもそも異なるため、展覧会としての一貫性が見られたわけではないが、大山健治のビデオ作品には触れておく必要があるだろう。フレームいっぱいに海面を撮影した映像だが、作品はスローモーションで投影される。会場の立地上、沖縄戦を想起せざるを得ないし、あるいは先の震災の津波を思い起こすかもしれない。そのような連想作用だけではなく、スローで推移する波のうねりは、あたかも抽象絵画を見ているかのような錯覚を催させもし、単なる海面を撮っただけの映像が、多様な読解を促す。モチーフは単純だが、美しい映像は、場所性とも相まって、たたずまいの静けさとは裏腹に、多くを物語っている。
 「鄭周河写真展 奪われた野にも春は来るか」(佐喜眞美術館、24日~8月26日)は、震災後の福島を撮影した写真だが、優れた写真作品の展示だった。鄭は、被災者の生活を活写するのではなく、がれきの山を捉えるのでもなく、ましてや福島第1原発を被写体にするのでもない。一見するとなにげない田舎の風景を写しただけのように見えるが、写真を子細に見ると、被災地であるという痕跡が、さりげなくフレームに収められている。多くの写真がロングショットで撮影され、被災地に対して慎重にアプローチしていることが見て取れる。鄭は、被災地と適切な距離を保つことを、彼の表現者としての信条にしているかのようだ。あらゆる表象は、なにものかを暴き立てる暴力へと容易に転化する。その上で、写真家にとって、震災および原発事故に対していかなるアプローチが可能なのか。我々多くにとって、原発事故は、現代生活を生きる以上他人ごとではない一方、被災者と同じ当事者であるとはいえない。鄭の写真は、安易な共感や同情を寄せるのではなく、ましてや現実を直視せよと居丈高に述べるわけでもなく、震災と原発事故を、いかに「分有」するのか、という試みであると言えよう。鄭の作品は、そのような意味において、紛れもなく「芸術」にほかならない。ある意味では無力かもしれない芸術が、社会に対してどう対峙することができるか、そのことを、このささやかな写真群は語りかけている。韓国の写真家が福島を撮影した展覧会が、被災地からの少なからぬ避難者がいる沖縄で開かれることは、意義のあることである。
 このような極めて繊細な展覧会に対して、「空っぽの音 満ちた声 それから その真ん中 寺江圭一朗展」(ARCADE、20日~8月4日)は他者への思慮に欠ける作品であった。沖縄で滞在制作された新作映像が2点発表されていたが、そのうちの1点は、沖縄の若者を中心に数人に対して、「君が代」を歌わせるというものであった。沖縄県人が「君が代」をきちんと歌えないことを手掛かりに、本土と沖縄の裂け目を提示しようとしたのであろうが、沖縄県人に対してこれほどの侮辱的な仕打ちがあるだろうか。沖縄県人は、完全に客体化され、見せ物としてさらされている。寺江は恐らく、良心的な多文化主義者なのであろうが、そのような左派的な立場が、無意識的植民地主義に転化するというパターンを踏襲している。これら沖縄で制作された作品は、沖縄県人をさらし者にする〝人類館〟の現代ヴァージョンである。このような暴力的な展覧会が、沖縄に在住する美術関係者によって開催されてしまうこと自体、沖縄の文化状況は信じがたく危機的な状況であると考えたほうがいい。芸術は自由を志向すべきではあるが、芸術であるからといって無限に自由が保障されているわけではないことは知るべきである。

『沖縄タイムス』2013年8月9日
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by rnfrst | 2013-08-10 07:40

写真1990-2010──「戦後写真」の終わりと「日本写真」の行方

ウェブマガジンの『artscape』8月1日号に、表題の座談会が掲載されています。

【artscape 2013年08月01日号(トークシリーズ:「Artwords」で読み解く現在形)】[シリーズ3:“写真”の現在形]写真1990-2010──「戦後写真」の終わりと「日本写真」の行方|飯沢耕太郎/土屋誠一/小原真史
http://artscape.jp/study/artwordtalk/10089516_18145.html

私はあんまり喋ってないですが、今言っておきたいことだけはちゃんと発言したつもりです。
ともあれ、どうぞお読みください。
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by rnfrst | 2013-08-05 15:30