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「2014年年末回顧」『新美術新聞』2014年12月21日

2014年の所感を、『新美術新聞』に寄稿しました。実は自由記述欄をうっかり書きすぎてしまって、本紙ではカットせざるを得なかったのですが、近々アップされるであろうウェブ版のほうには全文掲載されるようですので、ぜひそちらもチェックしていただければ。

http://www.art-annual.jp/wp/wp-content/themes/pacific/images/news_paper/1363pop.pdf[PDF]

※ウェブ版に、全文が掲載されました。以下です。

http://www.art-annual.jp/news-exhibition/news/44362/
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by rnfrst | 2014-12-21 08:25

「未来の「希望」への投企 国東半島芸術祭「希望の原理」展」『美術手帖』2015年1月号

『美術手帖』に、表題のテキストを寄稿しました。
ぜひご覧ください。

http://www.bijutsu.co.jp/bt/
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by rnfrst | 2014-12-20 07:42

「「反戦」展について」『月刊美術』2014年12月号

『月刊美術』で、表題のインタビューを受けました。
よろしければご一読を。

http://www.gekkanbijutsu.co.jp/backnumber/2014%e5%b9%b412%e6%9c%88%e5%8f%b7%e5%b7%bb%e9%a0%ad%e7%89%b9%e9%9b%86%e3%81%af%e3%82%a2%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%bb%e3%82%aa%e3%83%96%e3%83%bb%e3%82%b6%e3%83%bb%e3%82%a4%e3%83%a4%e3%83%bc2014%e3%80%80/
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by rnfrst | 2014-12-08 07:58

青野文昭アーティストトーク(12月10日)

沖縄の那覇で開かれる、青野文昭さんの個展のオープニングにあわせて、青野さんと対談を行います。
青野さんとはお知り合いになったのは結構古く、お互いの土地柄、ちょっと距離のあった時期もありましたが、こういう公的な場で再会できるのは私としてはとても嬉しいことです。
ぜひご来場ください。

青野文昭アーティストトーク
青野文昭×土屋誠一(美術批評家)
日時:2014年12月10日(水)19:00-20:30
会場:OCAC(沖縄コンテンポラリーアートセンター)〒900-0012 沖縄県那覇市泊3-4-13

http://ocac.jp/post/104398236598
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by rnfrst | 2014-12-07 13:55

美術月評〈11月〉

 「染織探訪 大城志津子が追及した染織の美」(立芸術大学附属図書・芸術資料館、10月30日~11月5日)は、この戦後沖縄染織界の巨匠の一端を知るための好企画であった。これは、資料館が所蔵する大城資料を紹介する展覧会であり、タペストリーとして展示された「作品」もあったものの、圧巻は、生前の大城自身がセレクトし、ポートフォリオ『大城志津子作品集』として集成された、全104点にもおよぶ裂地の全点展示である。
 戦後の沖縄において、首里織復興の立役者のひとりとして挙げられる大城だが、その重要性はもちろんのこと、何よりも痛感させられたのは、大城がかつての技法を復興させたのみならず、それら再び獲得された技法をバネにして、固有の織物作家としての展開を見せたことである。それは、絣のパターンを強調した織物よりも、色面を強調した作品のほうにその特性を見出せると思うが、ほとんど抽象絵画のような質さえ備えている。このような強い作家意識を持った織り手は、沖縄にどれほど存在するであろう。大城ののこした仕事は、沖縄内部だけにとどまらず、より広い鑑賞者に開かれるべきであると考えるが、本展はそのステップの一つとして捉えたいと思う。
 「沖縄宗教藝術の精華 厨子 門上秀叡・千恵子コレクション収蔵記念特別展」(那覇市立壺屋焼物博物館、11月1日~12月21日)は、昨年収蔵された資料が整理され、その主要なものが展覧されたものであり、16世紀ごろから19世紀にいたるまで、幅広い時代の古器がこのコレクションには収められている。厨子は言うまでもなく、蔵骨器であるわけだが、「芸術作品」としての価値というよりも、宗教的イメージをめぐる図像のアーカイヴとしての価値を見いだすべきであるように思う。厨子を装飾する図像からは、東アジアを中心とする様々な地域との、図像のネットワークが見いだせるであろう。長い時代をかけた図像のダイナミックな展開からは、沖縄から見た東アジアにおける、いわばイメージ人類学とも言うべき体系が見いだせることになると思われる。
 「下道基行 漂泊之碑」(沖縄コンテンポラリーアートセンター、11月9日~12月2日)は、慎重に時間をかけたフィールドワークによって、様々なボーダーラインを見いだし、それを作品化するという下道の近年の仕事を、沖縄で展開するというものであった。下道は今回の個展のために、沖縄本島はもとより、八重山諸島にまでそのフィールドを広げた。
 最も興味深い作品は、沖縄諸島各地の海辺に漂着したガラス瓶を収集し、琉球ガラス職人の協力を得て作られた。漂着したガラス瓶は、言うまでもなく沖縄県内のものだけではなく、近隣諸国で投棄されたものもまた、多く含まれている。琉球ガラスのための素材は、ガラスの種類が異なることによる破裂や破損を防ぐために、異なるガラス瓶を混ぜることはしないというが、下道はあえて、複数のガラスを溶かして、新たな器を作ろうと試みた。ここでは、器の制作の成功・失敗は重要な点ではない。異なる文脈の間にあるボーダーを越え、新たな交通路への想像力を導くことが、下道の作品において提示されているのであって、その提示の方法は、沖縄の戦後史と並行して誕生した琉球ガラスの歴史に託されたのである。
 「比嘉豊光展 骨は月を見る」(画廊沖縄、11月15日~30日)は、比嘉が2009年に撮影した、戦中の日本兵の遺骨発掘現場の写真と動画によって構成された。私は2010年の佐喜眞美術館、明治大学それぞれの展示に比較的身近に関わってきたこともあり、その上で言えば、今回の個展ではむしろ他の写真群が提示されるべきではなかったかと思う。骨それ自体は即物的なものだが、展示の回数を重ねれば重ねるだけ、フェティッシュとしての礼拝的価値(ベンヤミン)が高まってしまう。それはおのおのの固有の死に対する神話化であり、我々に必要なのは神話ではなく歴史ではなかろうか。
 「我如古真子展 紙とダンス」(県立芸術大学附属図書・芸術資料館、11月20日~24日)は、紅花によって染められた紙の服と、それをまとってダンサーが踊る映像を組み合わせた展示だった。紙製の服は、実用製品というよりもむしろ、舞台芸術のコスチュームとしての使用のほうが望ましいだろう。その服は、非常に軽やかであって、説明的な装飾性もない。だから、コンテンポラリー・ダンスのような、別の表現領域との相性はとても良く、ファッションと舞台芸術、さらには音楽といった様々な表現領域の接点となり得るものであろう。この繊細な紙の服を媒介して、様々な芸術領域とのコラボレーションの展開が期待される。
 「當麻妙写真展 KUDAKA」(11月21日~30日、KIYOKO SAKATA studio)は、タイトルの通り久高島を撮影したものである。當麻の写真の特徴は、久高島を過剰に神秘化するのではなく、また、軽く広告化するのでもなく、中庸であるという点であろう。當麻が注目しているのは、海の凪あるいは植物の植生といった、ある種の物質的な手ざわりとでも言うべきものであろう。対象のニュートラルな表象は、そもそも対象が特定の文脈に関わる以上困難ではあるが、當麻の作品はその困難さにあえて対峙したものとして評価できる。

『沖縄タイムス』2014年12月5日
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by rnfrst | 2014-12-06 08:34

『沖縄タイムス』2014年12月5日 「美術月評〈11月〉」

『沖縄タイムス』の本日付の記事として、「美術月評」を寄稿しました。
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by rnfrst | 2014-12-05 13:16