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「記憶と肖像 沖縄と韓国・写真交流展 未来の希望への祈り」

 副題に「写真交流展」などと記されているが、この展覧会はそれほど生易しいものではない。展覧会に供された写真たちは、声高にではないにせよ、静かに怒りや悲しみをつぶやき、抵抗の声を上げている。各々異なるテーマを扱った写真家たちの作品は、申し合わせたわけではないはずにもかかわらず、互いに響きあい、対話をし、イメージ相互が連帯を求めているかのようだ。写真は常に現在からは過去の時制に属するが、過去を忘却しないために語ると同時に、この展覧会に集った写真家たちの作品は、未来の希望への祈りを語っているようにさえ見える。冗長になるかもしれないが、各々の写真家の作品のアウトラインを辿っておこう。
 李勇男の作品は、韓国北部に位置し、南北朝鮮の防衛ラインである板門店のための要所である、坡州にある米軍の演習場と、住民の抵抗運動を写す。安海龍は、日本軍の慰安婦として性的犠牲にあったハルモニたちの証言の様子を、動画からキャプチャした画像で連続的に示し、その証言の言葉をイメージに添えて作品としている。鄭周河の作品はより抽象度が高いもので、農夫とおぼしき人々の肖像と、農地の植物をクローズアップかつ、いくらかフォーカスをぼかして撮影し、人間の生存と痩せていく大地とを対比的に見せる。
 韓錦宣の写真は、現在のウクライナに取材し、19世紀末から朝鮮半島からロシアへと移住した朝鮮人たちの歴史を、直接的に写しだすというよりも、例えば古い記念写真を再撮影した写真や、彼/彼女らの生活していた空間の跡などを部分的に提示することで、ソ連の建国からスターリニズムを経て、国家の解体へと至る渦中で翻弄された朝鮮の人々の人生を想起させる。
 比嘉豊光の写真は、彼の代表的な仕事である、沖縄戦の戦争体験者のポートレートが、大伸ばしでプリントされた作品として提示されており、イメージとして拡大された老人たちの身振りや、老いた皺の襞からは、戦争の記憶が滲み出るかのようである。七海愛の作品は、七海自身の家族の死を主題として、その葬式や死の床にある人物のクローズアップなどをエッセイ的に綴りながらも、一枚の写真に別の光景を二重写しに重ねることで、リアルな表象というよりも、ある種夢幻的で、普遍化された「死」を想起させる。
 このように、各々の写真家の作品は、テーマと提示されるイメージの具体性や抽象性の度合いも異なるし、なによりも、扱っているテーマそれ自体が全く異なる。しかし、共通して言えることは、かつて侵略戦争を近隣諸国に仕掛け、敗戦後もその責任を一切取ろうとせず、戦争があったこと自体忘却したふりをしようとしている「日本」が、程度の差こそあれ、それに直接的に言及がないことによって、かえってこの戦後70年の道行きがいかに無責任であったのか、そしてそれが現在進行形で継続していることが、間接的に語られているようにすら見える。だからこの展覧会は、「交流」という言葉が想起させる微温的なものでは全くなく、静かではあるが、積極的な対話である。そしてその対話は、過去の傷を慰撫しつつも、未来に向けて私たちがどう歩むべきなのか、その思考を促している。

『琉球新報』2015年7月24日
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by rnfrst | 2015-07-25 18:32

「安倍首相へのメッセージ ABE UNDER SIEGE」賛同文寄稿

表題のサイトに、安倍晋三政権の政策に反対する声明文を寄せました。
錚々たる賛同者ばかりですが、私でも少しぐらいは力になれればとの参加です。
私以外の賛同者の方のメッセージも、アツいものばかりですので、どうかご覧ください。

http://abe-no.net/approval/
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by rnfrst | 2015-07-19 20:56

「記憶と肖像 沖縄と韓国・写真交流展」シンポジウム

佐喜眞美術館で7月22日から8月10日まで開催される展覧会のシンポジウムに登壇します。
チラシにもホームページにも、誰が登壇して何を話すのかが記載されておらず、内容は全く不明ですが、よろしければお越しください。

「記憶と肖像 沖縄と韓国・写真交流展」シンポジウム
2015年7月26日(日)15:00~17:00

http://sakima.jp/?p=1336
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by rnfrst | 2015-07-09 11:42