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椹木野衣編『日本美術全集 第19巻 拡張する戦後美術 戦後~一九九五』刊行

表題の本が刊行されました。
私は、写真についてのコラムと、いくつかの作品解説を寄稿しています。
個人で買うにはちょっとお高いので、図書館に購入希望を出していただきたいところです。
かなり斬新な編集で、「え?これで正史と言えるの?」という疑問も出るかと思いますが、そういう向きの方でも、十年後ぐらいにじわじわ効いてくると思います。
ぜひお読みください!

http://www.shogakukan.co.jp/pr/nichibi/

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4096011193/ref=s9_psimh_gw_p14_d0_i1?pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=desktop-1&pf_rd_r=1AJM7SG134BSQGVWXTCA&pf_rd_t=36701&pf_rd_p=207655209&pf_rd_i=desktop
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by rnfrst | 2015-08-27 14:30

「REVIEW 劇場版PSYCHO-PASS サイコパス」『Merca β02』

表題のレビューを執筆しました。
編集長の高瀬司さんが作るZINEについては、『アニメルカ』時代から愛読していたので、嬉しい寄稿です。
割と辛目なレビューになってしまいましたが、私は『PSYCHO-PASS』についてはアニメは勿論のこと、関連スピンオフも多分全部読んでいるぐらいのフォロワーですので、ぜひお読みいただければ。
最初のリリース場であるコミックマーケット88は既に終了してしまいましたが、いつものごとく、近日中には委託販売も始まると思います。

http://animerca.blog117.fc2.com/blog-entry-55.html
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by rnfrst | 2015-08-20 07:25

特別講座「宥学会・遊学塾 」第25回「中井正一を何度も読み直す」講師:土屋誠一

美学校でレクチャーします。
どうぞご参集ください。

第24回9月11日(金)
「中井正一を何度も読み直す」講師:土屋誠一
主として1930年代に活躍し、1937年に治安維持法でその活動を実質的に停止させられ、戦後数年で夭折した美学者・中井正一ですが、これまで、木下長宏や高島直之を代表として、様々な論者によって論じられてきました。中井は、メディアテクノロジーと芸術を結びつけるような、戦後に「環境芸術」と呼ばれるようなあり方を、先駆的に論じた人物として、戦後の批評家や理論化によっても中井の理論は少なからぬ影響を与え続けたように思われます。コミュニケーションメディアの自然化と、戦時体制を目指そうとする国家権力との関係という点において言えば、中井のテキストは、今日なお再読する意義があると思われます。本講義では、中井の可能性の中心を捉えつつ、今日の状況に対して、その理論からどのようなパサージュが描けるか、論じてみたいと思います。

土屋誠一
1975年生まれ。美術批評家/沖縄県立芸術大学准教授。共著に『拡張する戦後美術』、『『美少女戦士セーラームーン』研究論集』、『キュレーションの現在』、『現代アートの本当の学び方』、『実験場 1950s』など。

日 程:2015年9月11日(金)[講座は2015年5月より毎月第二金曜日開催]
時 間:19:00~
場 所:美学校 本校
    東京都千代田区神田神保町2-20 第二富士ビル3F
参加費:1500円
申込み:受講申込みは不要です。直接美学校にお越しください。
問合せ:宥学会 yugakukai@mbr.nifty.com

http://bigakko.jp/opn_lctr/omega/025
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by rnfrst | 2015-08-18 15:46

第2回新/視覚芸術研究会「デジタルメディア時代の視覚と世界変容。出来事、記憶、身体の行方」

下記の研究会で報告します。
ぜひご参集ください。

第2回 新/視覚芸術研究会
「デジタルメディア時代の視覚と世界変容。出来事、記憶、身体の行方」

■テーマ
視覚文化のデジタル化はこれまでの「見ることの意味」を侵犯しただけでなく、脱領土化をもたらした。電子化された映像が世界の隅々に行き渡れば、場所、身体、時間といった概念は変化せざるを得ないだろう。オリジナルとコピーの区別はすでに消滅して久しいが、作者と作品という関係が無効されるこうした文化状況は、身体そのものを集合的なものへと再編する契機となるのだろうか。さらに高精細度映像の進展はヴァーチャル化した世界を新たな段階へと押し上げるのかもしれない。出来事、記憶、身体のあり方はどこに向かうのか。変容の過程における視覚文化を再読する。

■日時 2015年8月22日(土) 13時~18時
■場所 デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)
〒651-0082 兵庫県神戸市中央区小野浜町 1-4デザイン・クリエイティブセンター神戸 078-325-2201 (JR三ノ宮駅からフラワーロードを南へ徒歩約10分)

■タイムスケジュール
13時00分 開会ご挨拶
13時10分 土屋誠一 沖縄県立芸術大学
14時10分 前田真二郎 情報科学芸術大学院大学
15時10分 松木綾子 甲南女子大学大学院修士課程
15時50分 休憩
16時00分 ディスカッション
     馬場伸彦 甲南女子大学 (問題提起①)
     水野勝仁 甲南女子大学 (問題提起②)
     土屋誠一 沖縄県立芸術大学
     前田真二郎 情報科学芸術大学院大学
     杉山武毅 ギャラリー・ディレクター(六甲国際写真祭)
17時30分 質疑応答
18時00分 閉会

■連絡先
新/視覚芸術研究会事務局(甲南女子大学・馬場伸彦研究室)
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by rnfrst | 2015-08-17 13:35

美術月評〈7月〉

 「石川竜一写真展 +zkop」(沖縄コンテンポラリーアートセンター=OCAC、7月4日~8月2日)は、昨年刊行され、高評価を得た2冊の写真集「絶景のポリフォニー」、「okinawan portraits 2010-2012」での写真をベースにしながら、いわば「ブレーク以前」の様々な試行をもすべて「お蔵出し」するような展示であった。
 しかし、この展覧会は回顧展などではなく、「ブレーク以前」の石川の、正直に言えば「当世風ではまったくない」、どうにも散漫ではあるけれども、アドレッセンス(青年期)の沸騰とでも言うべき過去作品から、成熟を経て先の2冊の写真集に明白なような、ストレートな写真への転換が、会場の1階には「ブレーク以前」の写真が、そして2階には「ブレーク以後」の2冊の写真集からの写真が展示されることで、示されていた。
 けれども、上記2冊のストレートなスタイルを獲得した写真集が、「ブレーク以前」の混沌から切断されているというわけではなく、2階の「ブレーク以後」の写真もまた、写真のイメージは端正ながらも、展示空間は木の角材が縦横に空間を占めるという展示方法をとっており、石川の写真に対する姿勢は実は「ブレーク以前」から一貫しており、やはりカオティック(混沌)な感性に基づいていることを、石川本人が宣言しているかのようである。
 「アシャリフ・エリカ展 THE SYMBOL OF WOMAN 貴女が名画になるその一瞬、神秘となる」(県立芸術大学付属図書・芸術資料館、7月16日~20日)は、文字どおりのタブローと、タブロー大の写真を使用した作品の組み合わせによる個展であったが、注目すべきは後者である。
 アシャリフの作品は、入念にセットアップされた演出写真であって、その「元ネタ」としては、様々な西洋絵画に登場する、主として女性像から選ばれている。アシャリフの作品は、本来であれば、セクシュアリティ、エスニシティ、西洋および非西洋圏文化、さらにはシンディ・シャーマンを嚆矢とするようなフェミニズム理論のバックグラウンドといった、様々な与件としてのコンテクストを消化してあるべきはずなのだが、良くも悪くもすべてが生煮えのままで提示されている。
 つまり、作品のコンセプトメイキングとしては、詰めが甘いと言わざるを得ない。けれどもここであえてこの個展を採り上げるのは、生煮えゆえにパワーで押し切る腕力であり、那覇の国際通り上でピエタを演じる作品などの馬鹿馬鹿しさには、確かに「産む性」としての女性というステレオタイプを脱臼させるような視覚的イメージの力を持っている。
 それゆえに、アシャリフの今後の課題としては、上述したような様々な「生煮え」の状態を克服しつつも、理論のイラストレーションとしての作品にはならないような破天荒さを両立させるといった、知性と視覚的な感性の強靭さを獲得することだと言える。
 「阪田清子個展 雪道で落とし物をしてはいけない」(KIYOKO SAKATA studio、7月17日~26日)は、東京のギャラリーで年頭に行われた個展を、自らのスタジオ件ギャラリーで再展示するというものであったが、文章の文字の上に、ブロック状の小粒な塩の結晶をのせるという作品が中心である。
 半透明の結晶によって、下に書かれたテキストの可読性は、ほぼゼロに近い状態に置かれるわけだが、阪田は詩的と言うべき繊細なオブジェクトの配置によって、コミュニケーションの過剰さゆえに、かえって他者との深い断絶を生んでいるような今日の情報インフラの状態に逆らうように、縮減された対話の果てにある、想像し得る深い対話の可能性を示唆するかのようである。このことは、バラバラになった今日の人間における、新たなる共同体の模索が、作品を通じて静かに語られているかのようである。
 屋良和香奈、吉川由季恵、玉那覇真希によるグループ展、「きのうと、きょうと、あしたの眺め」(Café ONE OR EIGHT、7月15日~8月10日)は、恐らく気の合う仲間が集まっただけに過ぎないグループ展であろうし、飲食店の壁面という展示環境の限界もあってか、野心的な展覧会とは言い難いものではあったが、玉那覇の作品にだけは触れておきたい。
 木枠のなかに、時には人間の赤ん坊よりも小さい、手製の薄手の衣服が吊られており、ほとんどが血液のような濃い赤で染め上げられている。いわば、衣服というよりも、人間の抜け殻が吊られているかのようにさえ見えるのだが、玉那覇の作品の美点は、それがグロテスクなものに見えるというよりも、皮膚の温かみや、生気、人間の存在感、といった確からしさや、作品制作のプロセスが想起させる、手作業のような、家父長制の中での家事労働さえも想起させ、フェミニズム的な観点も含まれているかのように見える点である。
 恐らく玉那覇の作品は、もっと大きな物理的スケールが与えられる際に本領を発揮すると思われ、今後の展開に期待するところである。
 「記憶と肖像 沖縄と韓国・写真交流展 戦後70年沖縄美術プロジェクトすでぃる―REGENERATION/佐喜眞プロジェクト」(佐喜眞美術館、7月22日~8月10日)については、もはや語るべき紙幅がないが、七海愛の作品にだけは言及しておきたい。1枚のイメージに複数のイメージを合成するという手法が、ここ最近の七海のスタイルだが、プライベートな出来事にカメラを向けつつ、そこにイメージの操作を加えることで、夢幻的な情景を生み出すという手法は、七海の特質であり、今後さらに彼女の作品が深められていくことは間違いないであろう。

『沖縄タイムス』2015年8月7日
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by rnfrst | 2015-08-11 16:36

辺境と芸術 アートは「地方」といかに向き合うのか?

下記のシンポジウムに登壇します。ぜひご来場ください。

「辺境と芸術 アートは「地方」といかに向き合うのか?」
 現在、アートにとって辺境とは、自らの存在意義を問われる刺激的な場所、まだ誰も経験したことのない実験のための場所であるように謳われています。しかし、「都市と地方」(中心と周縁)という枠組みが強固であった20世紀後半には、地方は美術館や大学を建て、教養としての芸術を啓蒙する場所だと考えられてきました。辺境とは、そのような啓蒙の及ばない野蛮な土地だという理解もかつてはありました。その後、「協働」「公共性」「社会との連携」といったマジックワードが飛び交う時代を経て、アーティストはすっかり優等生に変身したようにも感じられます。
 しかし、本当のところはどうなっているのでしょうか? このシンポジウムでは、「地方」「地域」「辺境」と関わり続ける三人の出演者の体験と思索(ホンネ)を通して、長期的展望に基づく文化創出の意義を問い直し、普遍性と局地性をめぐるアートマネジメントの未来を考察します。

日時
2015年8月8日(土) 15:00 ~17:30 ※14:30 開場

会場
秋田公立美術大学 大講義室
アクセス http://www.akibi.ac.jp/others/access.html

定員
150名
※当日先着順
※Project1 全4回通し参加の受講生も募集中(2015年度 研修生募集)

入場料
無料

出演者
土屋 誠一( 美術批評家、沖縄県立芸術大学准教授 )
芝山 昌也( 美術家、金沢美術工芸大学准教授 )
藤 浩志( 美術家、十和田市現代美術館館長、秋田公立美術大学教授 )

司会
石倉 敏明( 人類学者、秋田公立美術大学講師 )

主催
文化庁、秋田公立美術大学

お問い合せ
〒010 -1632 秋田市新屋大川町12-3
秋田公立美術大学 事務局 企画課
電話:018-888-8478

http://akibi-plus.jp/project01/15/
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by rnfrst | 2015-08-06 12:41

東京都現代美術館「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展 会田家作品改変・撤去要求

表題の件についての、7月28日に送付した抗議文を公開します。起案のコアメンバーで、手軽な媒体を持っていたのは私だけでしたので、このブログで公開しますが、私が全体を代表するのではなく、総意としてこのような抗議文をしたためたことは注記しておきます。なお、SNS上での当事者の発言などによれば、東京都現代美術館は会田家作品を撤去・改変しないという判断を下したようで、この抗議文は現在もそのまま有効とは言い難いですが、有志とはいえ、このような抗議文を出したという「事実」は重要であると判断し、記録という観点から公開するものです。

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公益財団法人東京都歴史文化財団
東京都現代美術館
館長 高嶋 達佳 様
去る平成27年7月24日、貴館で開催中の展覧会「おとなもこどもも考える こ
こはだれの場所?」展に展示中の会田家の作品「国際会議で演説をする日本の
総理大臣と名乗る男のビデオ」、「檄」になされた改変・撤去依頼の撤回を要求
いたします。
本作は日本の教育のあり方や外交に対しての疑問を投げかけ、鑑賞者が思考し、
生産的な議論を誘発する作品です。
美術館とは、作品を通して美的体験をするほかに、多様な国籍や思想を背景に
した作品に触れることで、批評的な視点をもつ市民を育てる場所であるという
ことは、世界の美術で共有されています。
会田家の作品を匿名の一人の意見のために撤去することは、会田氏の作品を鑑
賞して考えたい、という多くの市民の希望を踏みにじることになり、展示企画
の主旨に反するだけでなく、東京都現代美術館が民主的、公正な運営を放棄し
たことを国内外に表明する結果となることは明らかです。
また、美術館での出品作品について、作家は学芸員と充分な協議を経て、コン
センサスをとった上で発表しているはずです。本件は美術館の運営側が作家と
学芸の機能や役割に対して理解がないということを開示しています。
このことは、美術館を運営する設置者、学芸員、そして市民の民度に関する国
際的な評価についても著しい損害を与えるものではないかと危惧します。
上記の点から、会田家の作品の改変・撤去依頼を不当と考え、撤回を重ねて要
求いたします。
平成27年7月28日
高橋 瑞木(水戸芸術館現代美術センター 主任学芸員)
土屋 誠一(美術批評家/沖縄県立芸術大学准教授)
窪田 研二(インディペンデントキュレーター、
筑波大学芸術系准教授)
能勢 陽子(豊田市美術館 学芸員)
飯田 志保子(キュレーター、東京藝術大学美術学部
先端芸術表現科准教授)
林 央子(編集者)
彦坂 敏昭(現代美術家)
土谷 享(現代美術家)
篠田 有里亜(会社員)
住吉 智恵(アートジャーナリスト、プロデューサー)
伊熊 泰子(編集者)
長谷川 仁美(ミアカ香港ディレクター)
三田村 光土里(美術家)
椹木 野衣(国際美術評論家連盟日本支部 常任委員長)
山梨 牧子(法政大学国際日本学研究所招聘研究員)
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公益財団法人東京都歴史文化財団
理事長 日枝 久 様
平成27年7月24日に貴館で開催中の展覧会「おとなもこどもも考える ここはだれ
の場所?」展に展示中の会田家の作品「国際会議で演説をする日本の総理大臣と名乗る
男のビデオ」、「檄」になされた改変・撤去依頼の撤回を要求いたします。
本作は日本の教育のあり方や外交に対しての疑問を投げかけ、鑑賞者が思考し、生産
的な議論を誘発する作品です。
会田家の作品を匿名の一人の意見のために撤去することは、会田氏の作品を鑑賞して
考えたい、というその他大勢の市民の希望を踏みにじることになり、展示企画の主旨
に反するだけでなく、東京都現代美術館が民主的、公正な運営を放棄したことを世界
に表明する結果となることは明らかです。
また、美術館での出品作品について、作家は学芸員と充分な協議を経て、コンセンサ
スをとった上で発表しているはずです。本件は美術館の運営側が作家と学芸の機能や
役割に対して理解がないということを開示しています。このことは、美術館を運営す
る設置者、学芸員、そして市民の民度に関する国際的な評価についても著しい損害を
与えるものではないかと危惧します。
上記の点から、会田家の作品の改変・撤去依頼の撤回を重ねて要求いたします。
平成27年7月28日
高橋 瑞木(水戸芸術館現代美術センター 主任学芸員)
土屋 誠一(美術批評家/沖縄県立芸術大学准教授)
窪田 研二(インディペンデントキュレーター、筑波大学芸術
系准教授)
能勢 陽子(豊田市美術館 学芸員)
飯田 志保子(キュレーター、東京藝術大学美術学部先端芸術
表現科准教授)
林 央子(編集者)
彦坂 敏昭(現代美術家)
土谷 享(現代美術家)
篠田 有里亜(会社員)
住吉 智恵(アートジャーナリスト、プロデューサー)
伊熊 泰子(編集者)
長谷川 仁美(ミアカ香港ディレクター)
三田村 光土里(美術家)
椹木 野衣(国際美術評論家連盟日本支部 常任委員長)
山梨 牧子(法政大学国際日本学研究所招聘研究員)
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by rnfrst | 2015-08-05 13:06