ブログトップ

rainforest

stsuchiya.exblog.jp

<   2016年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

「読書 根間智子『Paradigm』」

 美術家の根間智子が、写真集を出版するという話は、本人との個人的な会話で、数年前から聞いてはいた。近年、根間も編集同人である『las barcas』の誌上で、双子の姉妹を被写体にした、極めて印象的な写真作品を発表していたので、その系列の作品を集成した写真集だと思い込んでいた。
 この写真集は、凝りに凝った造本設計も含め(実物を手に取って確かめていただきたい)、根間が本気でこの作品を提示していることが、ページをめくる前から物質的に伝わってきたが、驚いたのは中身の写真である。双子の姉妹の写真ではなく、茫漠としたイメージが延々と続く写真集だったからだ。
 この写真集で提示されるイメージは、ブレ、ボケといった写真が多くを占めている。写真集のタイトルである『Paradigm』(パラダイム)とは、言語学者のソシュールに由来する「範列」の意味と解したほうがいいのだろう。ならば、各々の写真は等価であり、かつ交換可能なものであると捉えるべきで、任意の気にいったページを、行ったり来たりして観ればいい。けれども、それだけではこの写真集は終わらない。
 この書物の末尾にテキストを寄稿している新城郁夫も注目しているが、例えば空を飛ぶ鳥の群れのカットのように、しっかりピントが合い、シャッタースピードも適切で、ブレてもいない写真がちらほら含まれている。被写体とその意味がある程度了解できるので、一見すると安心するかもしれないが、むしろ戦慄的だ。なぜなら人は、意味から逃れられないことを逆説的にこれらの写真が指摘しているからだ。つまり、我々は見たいものしか見ないのである。
 根間は、意味の病に対して、決して暴力的に介入するわけではなく、そっとイメージを差し出す。勿論それは、観るものを慰撫する現状肯定ではなく、例えば浜辺から海景を臨むカットがそうであるように、未来への予兆に満ちている。その未来が明るいものかどうかは、観るものに委ねられている。

『沖縄タイムス』2016年7月30日
[PR]
by rnfrst | 2016-07-31 11:26

「読書 根間智子『Paradigm』」『沖縄タイムス』2016年7月30日

本日付の『沖縄タイムス』読書欄で、美術家の根間智子さんの写真集についての書評を寄稿しました。
[PR]
by rnfrst | 2016-07-30 13:55

「一九四五以前の「沖縄美術」?」『ゲンロン3 脱戦後美術』

既にツイッターなどでは既報ですが、一般書店販売が開始されたのでポストします。
哲学者の東浩紀さんが刊行している『ゲンロン』最新号に、表題の論考を寄稿しました。
「脱戦後日本美術」という特集号で、拙稿はともあれ、座談会や他の日本語論考、翻訳論考など、理論的に今日の「世界美術」をにらみつつも「戦後日本美術」を相対化し、乗り越えるためには必読だと思われます。
ちょっとだけ舞台裏を明かすと、この原稿を依頼された折は、「沖縄と美術とをからめて書いてほしい、ただしポストコロニアリズム的な言説はナシで」という、いやいや、植民地状態が継続中の沖縄で、その依頼はハードル高いだろ!と思ったものの、政治的実践とは別に、先回りして理論構築するためには、これまで積み重ねられてきたポストコロニアリズム的視点での沖縄の美術の読解には限界があるのは明らかだったので、今回は結果的に「古代」まで遡る視点を提示しました。
断っておくと、これは、単なる「古代回帰」などでは全然なく、近代主義的な立場をとっていても後退戦になるのは明らかであり、では何が創造のためのリージョナルなリソースとして考えられるのかを考えるために、戦後沖縄ではよく知られた(しかし、「本土」ではあまり知られていない)人文地理学者・民俗学者の仲松弥秀を召喚しつつ、沖縄という場所の空間構成を論じたというものです。
と、説明を加えても、余計に混乱するだけだと思いますので(笑)、とにかく読んでみてください!

https://genron-tomonokai.com/genron/

[PR]
by rnfrst | 2016-07-29 10:38

「すぐわかる!「キャラクター論」の展開」『美術手帖』2016年8月号

「特集 キャラクター生成論」内の記事として、表題のテキストを寄稿しました。概ね、大塚英志からスタートし、東浩紀から今日まで至るキャラクター論を網羅したつもりですが、結構使い出があるんじゃないかな?と自負しております。
お読みいただければ!

http://www.bijutsu.press/books/2016/07/-201683dcgvr.html
[PR]
by rnfrst | 2016-07-21 16:50

「記憶と文化」国際シンポジウム 7月18日・19日

下記のシンポジウムに、コメンテーターとして登壇します。
ぜひ足をお運びください。

「記憶と文化」国際シンポジウム
日時:2016年7月18日(月)・19日(火)
場所:早稲田大学戸山キャンパス33号館第1会議室

第一部
7月18日(月)17:00開始
報告:William Marotti (UCLA)
タイトル:Dramatic Politics and Political Space: Shinjuku 1968
司会:梅森直之(早稲田大学)
コメント:
橋本一径(早稲田大学)
土屋誠一(沖縄県立芸術大学) ほか
言語:英語/日本語(同時通訳なし)

第二部
7月19日(火)10:40開始
ビデオ上映『海の民 沖縄島物語』(1942/モノクロ/35ミリ/27分)
パネルディスカッション:文化映画のなかの沖縄をめぐって
モデレーター:上地聡子(早稲田大学)
パネリスト:
Tze May Loo(University of Richmond)
Wendy Matsumura(UC San Diego) ほか
言語:英語/日本語(同時通訳なし)

第三部
7月19日(火)14:45開始
報告:Christopher T. Nelson (University of North Carolina of Chapel Hill)
タイトル:Iphigenia in the China Sea: The politics of memory in postwar Japan
司会:橋本一径(早稲田大学)
コメント:
土屋誠一(沖縄県立芸術大学)
梅森直之(早稲田大学)ほか

言語:英語/日本語(同時通訳なし)

主催 戦略的基盤形成支援事業
「近代日本の人文学と東アジア文化圏―東アジアにおける人文学の危機と再生(文学学術院)」
共催 早稲田大学地域・地域間研究機構

https://www.waseda.jp/flas/hss/news/2016/07/13/2401/
[PR]
by rnfrst | 2016-07-15 11:27

新編「太陽の鉛筆」を巡って(下)

 今回の復刊で、『太陽の鉛筆』が広く目にとまるようになるならば、それ自体は慶賀すべきことだ。しかし、東松の仕事の系列の中で、『太陽の鉛筆』がとにかく収まりが悪いと、私自身ずっと思ってきた。
 東松照明という写真家は、彼の言う「アメリカニゼーション」、目下の論壇の言葉に置きなおせば戦後日本の「永続敗戦レジーム」(白井聡)の様相に対して、自覚的に目を向けるということだった。それが東松の一生涯抱えたテーマであることは明白だと思う。とはいえ説明するのは簡単でも実践するのは困難であり、同時にそれは、15歳の年に敗戦を迎えたという世代だからこそなし得たのだと思う。そういった点で、私は東松照明という写真家を心底偉大だと思ってきたし、生前に何度かお目にかかった際には、あの世代の大物特有のオーラに、身の縮む思いをしたことは、今でも記憶に鮮明だ。
 批評家の傲慢だと言われればそれまでだが、東松という写真家が日本の戦後の芸術において、歴史的にどれだけ重要な人物であり、一体何をなし得たのか、私自身が一番よく知っていると勝手に思い込んでいる(勝手に思うのは私の勝手である)。だからこそ、このなんとも語りづらい『太陽の鉛筆』について言及することは、可能な限り回避してきた。
 『太陽の鉛筆』に至る過程の公式的な説明は、次のようなものだ。まず東松は、1950年代末から、日本国内各所に所在する、日米安保をその後ろ盾にするところの、米軍基地や基地街を撮影し始める。沖縄の本土「復帰」前、まだ撮影していない基地として沖縄のそれが残っており、その撮影のため、文字通り占領下が継続する沖縄に赴くことになる。それは、緊急出版的な趣でまずは『OKINAWA 沖縄 OKINAWA』(1969年)という写真集として出版されるわけだが、異邦の地である沖縄に来て東松が気付いたのは、本土とは異なる沖縄の光や、街や村が醸し出す風土の違いである。それを捉えるために、モノクロフィルムからカラーフィルムに転換し、周辺の小島も含む宮古、八重山を南下しつつ、さらには、東南アジアまで、あたかも民族、あるいは文化のルートが海を隔てて繋がっていると見立て、東アジア、東南アジアの各地で撮影された写真と、沖縄でのそれをミックスするという編集手法をとった。そのことで東松は、「戦後日本」のくびきから解かれ、沖縄を出発地にして海上のルートを自由に行き来することになる、と。
 以上が、私なりに要約した、写真家・東松照明の『太陽の鉛筆』に至る公式的な過程であるが、その説明で本当にいいのだろうか、そこにはいくらかの逃避は混ざっていはしないか、とずっと納得できないままできた。『太陽の鉛筆』には、東松自身のテキストが、他の彼の写真集と比べて多く収録されているし、並行してつづられたエッセイを集成した『朱もどろの華』という書物すら存在する。つまり、自由になった東松は、その前後の時代に比べて、少なくとも表面に見えるテキストの物量で言えば、あまりにも雄弁なのだ。そしてその雄弁さと裏腹に、『太陽の鉛筆』においては離脱したことになっていた「基地」は確かに存在していた(今もしている)のであり、その離脱した欠落の分だけ、言葉で覆い隠すことに執心しているように見える。
 だからもし、沖縄にとどまって写真家としての活動を行うならば、在沖縄の写真家たちにとって敬愛する対象である反面、圧倒的な他者として君臨していた東松の『太陽の鉛筆』は、まずは括弧に入れて、自らの仕事に集中したほうがいいだろう。相変わらずの「占領」の下にある沖縄にいて、逃げ場のない焦燥感を抱えなければならないならば、『太陽の鉛筆』はあまりにも幸福に見えすぎると思う。私は、東松が抱えてきた「戦後日本」の「占領」という重苦しいテーマから、東松がひと時の離脱を試みた写真集だと考えており、その離脱に、東松がなんのわだかまりも感じなかったかと言えば、聡明すぎる写真家である東松は、恐らく前述のようなことも理解していたと思う。

『琉球新報』2016年7月2日
※タイトルに(下)とありますが、(上)は同紙前日掲載号に初沢亜利氏が執筆したものになります。
[PR]
by rnfrst | 2016-07-11 22:18