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「展評 ネルソン・ドミンゲス展」『琉球新報』2022年6月7日

 沖縄島に在住する美術愛好家において、特権的な恩恵のひとつを挙げるとするならば、数年おきに定期的に、ネルソン・ドミンゲスの作品を実見できるということだ。そんな鑑賞の機会に恵まれた土地は、私の知る限り、少なくとも日本にはどこにもない。この点については、画廊サエラの努力に、感謝しなければならない。キューバを代表する美術家のひとりであるドミンゲスは、誇大広告的な贅言では一切ない、単なる客観的な事実として、国際的に一定の評価を獲得しているのみならず、必ずしも先端的な現代美術としての特質を示すようなタイプの美術家ではないにせよ、そうした評価に見合うだけの、優れた質を持っている。1998年を皮切りに、今回で6度目となるこの個展は、90年代の作品から、比較的近年の作品を、14点の平面作品で構成した、いわばミニ回顧展とでも言うべきものである。
 キューバ革命後の充実した専門教育の恩恵を受けて美術家として大成し、今日なおその活動を展開するドミンゲスの作品は、キューバの近現代の美術の歴史のなかでも、さほど先鋭的な作品であるわけではない。ドミンゲスの作品よりも、過激で批判的な作品を提示する美術家は、彼の先行する世代にも、後続する世代にも、少なからず存在する。それでもなお、ドミンゲスの作品が、観る者を惹きつける理由は、彼の作品が、とりわけ近代美術の巨匠たちのヴォキャブラリーを熟知した上で、それを作品において巧みに総合しているからであろう。
 ドミンゲスの作品には、ピカソ、オートマティスムを重視するタイプのシュルレアリスト、そしてジャクソン・ポロックといった、モダンマスターたちの開拓した語法が、効果的に使用されている。特に、キューバ出身のシュルレアリストであり、ドミンゲス自身も敬愛していることもあり、今回の展覧会にも小品が一点だけ特別展示されているヴィフレド・ラムからの影響と、その精神を継承する意思が、強く感じられる。
 このような影響、というよりも、近代美術の豊かな成果の継承、と言うべきだろうが、デフォルメも加えつつも、色彩が抑えられて、比較的暗い画面において実現しようとしていることは、人間存在の本質を抉出することであると言ってよいだろう。その点では、実存主義的であるとも言い得るが、ドミンゲスの文化的バックグラウンドである、アフロ・キューバンの観念が根を下ろしている点が、世俗的な人間像に、彼の描く形象をとどまらせない。すなわち、人間像でありつつ、かつ、同時に聖性をも帯びているといった、プリミティヴな宗教観念が、彼の画面内に反響しているのだ。
 まさにこの点こそ、ドミンゲスの作品が、必ずしも、現代美術の愛好者たちがしばしば求めがちな、過激な先鋭性を保持しておらずとも、現代にも通ずる普遍性を保持している、その理由であることは間違いない。見せかけの刺激や新しさのみが、芸術の価値ではないのだ、という当たり前の真実を教えてくれるのである。

『琉球新報』2022年6月7日

by rnfrst | 2022-06-22 09:53
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