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『読売新聞』2010年8月19日 「比嘉豊光写真展」

本日付の『読売新聞』朝刊に、今月23日まで開催中の、比嘉豊光さんの展覧会について、展覧会評を寄稿しました。

さて、比嘉さんが撮影した「骨」の写真に基づく一連のプロジェクト、私も企画の初期段階から、コーディネーターを務めた先日のシンポジウムに至るまで、遠からぬ関係で関わってきたのですが、これにて「さしあたり」私の役割は一段落で、次にバトンタッチ、ということになります。
この「骨」をめぐるプロジェクトは、某出版社から刊行が予定されている出版物や、10月に明治大学で予定されている展覧会およびシンポジウムなど、様々なかたちで「散種」されていくはずです。
明治大学でのイヴェントの開催情報を、下記に貼っておきます。

明治大学人文科学研究所主催
~明治大学公開講座~ 講演とシンポジウム「沖縄と『戦世』の現在/記憶(仮題)」
日時:10月30日(土)13:00~18:00
会場:明治大学駿河台校舎アカデミーコモン2階会議室
第1部/基調講演:比嘉豊光 司会:合田正人
第2部/シンポジウム:倉石信乃、合田正人(他) コメンテーター:比嘉豊光 司会:越川芳明
※参加講師については変更の可能性があります。
比嘉豊光写真展「骨からの戦世」より
会期:10月29日(金)~11月5日(金)
会場:明治大学内アカデミーコモン1階
# by rnfrst | 2010-08-19 17:51

「遺骨の語るもの――比嘉豊光写真展に寄せて 上」

 佐喜眞美術館において、まとまった形としては今回初めて展覧される比嘉豊光の写真は、浦添市前田および那覇市真嘉比の遺骨収集現場で、沖縄戦時の戦没者の遺骨を撮影したものである。遺留品から明らかなのは、彼ら戦没者が日本兵であるということだ。沖縄という場において写真家であることに自覚的である比嘉にとって、かつての(そして、形を変えながら今もなお)「侵略者」である「日本」が被写体となることは、かなり異例の事態ではある。ただ、これらの写真は、声高な政治的メッセージのために撮影されたものではないし、ましてや、そのような目的のために展覧されるものでもない。写真一枚一枚を注意深く見ると理解できることだが、写真がなにものかの目的のために提供されているように見えることを避け、ごく淡々と撮影されたものであることが分かると思う。撮影においても、簡易なデジタルカメラが使用されており、類推するに、「比嘉豊光」という写真家による「写真作品」を制作することが目指されているわけでもない。
 写真という表現媒体が、被写体となる何ものかの「痕跡」であるならば、見方によっては遺骨もまた、沖縄戦という過去の爪痕の「痕跡」であると、ひとまず言うことができる。つまり、写真と遺骨とは、それらが「痕跡」であるという点において、極めて似通った性質を持つ。だから写真は、沖縄戦の残された「痕跡」を記録し、決して忘却すべきでない歴史的惨禍としてのそれを後世に伝え、遺骨は、その紛れもない証言者となる。けれども、写真と遺骨との関係は、そのように一般化できるほど、単純ではない。
 確かに比嘉が撮影した被写体は、「日本兵」の遺骨である。だが、少し想像力を働かせれば分かることだが、これらの遺骨を沖縄戦下の「日本兵」として、一元化してしまうことは原理的に無理がある。なぜなら、およそ65年前に没した彼ら「日本兵」は、それぞれ名前を持つ個別的な人間であり、個別的な人間の死は、他の死と決して取り換えの効かない単独的なものだからだ。いったい彼らは、どのような状況で、そして、どのような思いをもって没したのか。今日知ることができることは、ほとんど皆無といってよい。当たり前のことだが、死者は何かを語ってくれるわけではないのだから。何も語らない彼ら「日本兵」をして、沖縄戦の加害者として告発することは不可能であるし、同時に、戦時体制下の国策に巻き込まれてしまった無垢なる一民衆である被害者として哀悼することもまた、不可能である。ただ、遺骨が証言するものとして、唯一確かなことは、ここで沖縄戦があったという事実である。
 65年の時を経て遺骨として現われた死者を前にして、私たちは、ほとんど口を噤まざるを得なくなる。何も語らない死者たちに対して、私たちは軽々しく思い付きの感想を述べてはならない。だが、決して短くはない時を経てすらも、このように遺骨が現われることは、沖縄戦が過去の事象ではなく、「今日」なお継続する現在の問題であることを明白に示している。ならば、重い口を押し開いてでも、私たちは沖縄戦について、今日の問題として思考しなければならないし、今回の展覧会は、まさにそのような思考を促すものとして企図されたものであるはずだ。この展覧会の関連企画として、筆者がコーディネーターを務めるシンポジウムは、遺骨とその写真をめぐる思考を具体的に検討する場として設けられる。

『琉球新報』2010年8月9日
# by rnfrst | 2010-08-10 17:48

『琉球新報』2010年8月9日 「遺骨の語るもの――比嘉豊光写真展に寄せて 上」

本日付の『琉球新報』に、先のエントリでもお知らせしている、今月11日より佐喜眞美術館で開かれる比嘉豊光さんの展覧会に合わせたテクストを寄稿しました。
私が寄稿した記事は「上」となっていますが、明日の『琉球新報』には、西谷修さんによる「下」が掲載されるようです。
# by rnfrst | 2010-08-09 14:49

【急告】パネリスト変更 「骨からの戦世―65年目の沖縄戦 比嘉豊光展」シンポジウム

先日、↓
http://stsuchiya.exblog.jp/11499311/
でお知らせした、沖縄宜野湾市・佐喜眞美術館でのシンポジウムですが、パネリストが変更になりました。

第2部に屋嘉比収さんのご登壇を予定していましたが、都合により、屋嘉比さんにかわって若林千代さんにご登壇いただくことになりました。
以下に改めて、シンポジウムの変更後の内容を掲示します。

シンポジウム「「骨」をめぐる思考」
開催日時:8月15日(日)14:00~
会場:佐喜眞美術館  
プログラム・コーディネーター:土屋誠一

(1)「写真の「残りのもの」――死/表象をめぐって」
パネリスト:
倉石信乃(詩人、批評家、明治大学准教授)
豊島重之(ICANOFキュレーター)
土屋誠一(美術批評家、沖縄県立芸術大学講師)

(2)「はたして「戦後」なのか?――遺骨の語るもの」
パネリスト:
北村毅(文化人類学、沖縄研究、早稲田大学客員准教授)
西谷修(フランス思想、戦争論、東京外国語大学教授)
若林千代(沖縄現代史、沖縄大学准教授)
司会:
土屋誠一
# by rnfrst | 2010-08-04 15:00

「美術月評〈6月〉」

 県立博物館・美術館を会場にして開催された、「祝・東川町写真の町宣言 満25年 東川町へのトリビュート写真展『郷愁のコスモロジー』」(5月29日~6月6日)には、見るべき作品が少なからずあった。
 同展に出品されていた、韓国の民俗祭祀を被写体にしたキム・スーナムや、北海道で活動した掛川源一郎の作品は、グローバルな均質化に反する、ローカルな場における特異点を、民俗文化や生活者の様子を撮影することをつうじて、厳しくドキュメントしているものである。とりわけ、自らの文化を継承するために伝統的な儀式をとり行う、アイヌの人々の様子を撮影した掛川の写真が撮影されたのが、たかだか30~40年前に過ぎない近過去のものであるという事実は、見るものにショックを与える。
 民族的アイデンティティーをめぐる問題が、遠い過去の問いなのではなく、今日に至る地続きのものであることを明らかにしている点において、沖縄という境界的な環境で展覧される意義はあったと思う。だが、展覧会の主題と構成については、大いに疑問が残る。
 まずそもそも、沖縄の県立博物館という公共の施設で、北海道にある「写真の町」の25周年を祝い、賞賛=トリビュートする必然性がなぜあるのか。これでは単に、東川町という、少なくとも写真業界においては比較的良く知られた権威である町のブランドに、ただ乗りしていることにしかならないのではなかろうか。
 それよりも問題なのは、展覧会の主題である。「郷愁のコスモロジー」という判然としないタイトルとは要するに、「懐かしさ」という包括的なキーワードによって、撮影がなされた周縁的な伝統文化の諸々を包摂する、という程度の意味だと思われるが、メキシコ、韓国、北海道、沖縄といった地理的境界は、センチメンタルな「郷愁」を紐帯として結び付けられるよりもむしろ、先に挙げた掛川やキムの写真が示しているように、その現実としての差異を際立たせるものである。
 ならば、もの分かりのよい一元的なタイトルで包括するのではなく、差異は差異のままとして提示されるべきではなかったか。展覧された各々の写真は、それぞれ単独的なものであるはずだ。
 この月評で取り上げるべき最も重要な展覧会は、佐喜眞美術館での「石内都展 ひろしま in OKINAWA」(6月16日~8月9日)であろう。石内は、2008年に写真集『ひろしま』(集英社)を発表して以降、広島、東京、群馬で、広島平和記念資料館に収蔵された衣服や遺品を撮影したこのシリーズを含む個展を開催してきたが、私見では、この佐喜眞美術館での展覧会が、最も批評的な意義を持った展示になっていたように思われる。
 戦後の写真家たちにおいて、さまざまに取り組まれてきた「原爆」というテーマの「重さ」に反するかのように、遺品群を鮮やかに撮影している点が、石内の〈ひろしま〉の特徴であるが、これらの写真が沖縄で展覧されることによって、それまでとは異なった、別の記憶への回路が開かれているように見えた。端的に言うならば、普天間基地に隣接し、丸木位里・俊による〈沖縄戦の図〉を基礎とするこの美術館という文脈に、広島を主題とした写真が置かれることで、原爆投下を受けた広島と、沖縄戦という、ともに悲惨な「死」という記憶を分かち持つ時空間とその記憶が接合されている、ということだ。
 勿論、戦時下の広島と沖縄とを同一の事柄と見做すことはしてはならないが、このふたつの地名を、戦争という不条理な事態を共通点として、同時に思考することは、決して無意味ではない。恐らく石内自身もそのことに意識的であったと思われるが、実際、展示の方法自体も、石内の〈ひろしま〉と丸木の〈沖縄戦の図〉が、美術館の空間内部で、ゆるやかに繋つながるような展示がなされていた。
 石内の作品は、確かにこれまでの「原爆」を主題とした作品とは異なり、美的ですらあるが、この沖縄に所在する美術館で展示が行われることによって、その背後にある、次のような主題が浮かび上がってくるように思われる。それはすなわち、理不尽な災厄に直面した死者の記憶を、決して「忘れない」という倫理である。それは、他者に対して訴えかけるような反戦や平和といったメッセージではないだろう。そうではなく、私たちは淡々と写真によって写し取られた記憶の残滓を見ることで、「忘れない」という倫理を自らに刻むのである。
 「忘れない」ということはまた、しばしば平和な健忘症に陥りがちな私たち人間に対して、写真というイメージの記録装置を用いた表現手段がなしえる、最上の特質である。
 ところで、今月は見るべき展覧会が少なかった。とりわけ、若い表現者による作品に特筆すべきものがなかったのは、残念である。そんななかで、「東松照明デジタル写真ワークショップ沖縄 5人展」(沖縄タイムス1階ギャラリー、6月12~20日)には、新しい写真家が誕生する、可能性の萌芽が見られた。ワークショップの成果発表という性質上、師である東松のそれにあまりにもそっくりな写真も含まれていたものの、興味深い特質を見せていた作品も、わずかではあるが存在した。ともあれ、このような育成の場から、以後自立した表現者が誕生することを期待するものである。
 また、工芸に目を向ければ、「読谷山花織展 受け継がれる伝統・新しい伝統」(読谷村立美術館・読谷村立歴史民俗資料館、6月5~27日)では、貴重な資料や作品も少なからず展示されていたものの、伝統工芸の継承に比重を置いたためか、現在活動中の工芸家たちによる作品展、という感があった。そのため、印象としては羅列的、総花的であり、かえって花織の特質が見えにくくなっていたように思われる。
 読谷山花織は存在こそ良く知られているものの、纏まった歴史的検証が案外なされていない分野なので、より調査の行き届いた展覧会が、課題であるように思われる。
 他に、「第28回 沖縄平和美術展」(那覇市民ギャラリー、6月22~27日)、「田積司朗・田島征彦作品展」(リウボウホール、6月22~28日)、「長尾紀壽・武田浪作品展」(リウボウ7階美術サロン、6月22~28日)などがあった。

『沖縄タイムス』2010年7月9日
# by rnfrst | 2010-07-10 10:49

『沖縄タイムス』2010年7月9日 「美術月評〈6月〉」

沖縄のローカル紙である『沖縄タイムス』の本日付の記事として、「美術月評」を寄稿しました。
取り上げた展覧会は、先に沖縄県立博物館・美術館で開催された「郷愁のコスモロジー」展、佐喜眞美術館で現在開催中の「石内都展」など。

この「美術月評」、名前のとおり、開催されている月々の展覧会を論評する(ただし、沖縄県内のものに限るという制限あり)というものですが、私を含む全部で4人の評者が、月々ローテーションで執筆しているというもの。
要は、季節ごとに執筆の担当月が回ってくるというもので、私がこの「月評」を担当し始めてからこれが3度目の寄稿です。
# by rnfrst | 2010-07-09 11:43

「骨からの戦世―65年目の沖縄戦 比嘉豊光展」シンポジウム

ちょっと早めのインフォメーションですが、8月11日より、沖縄・宜野湾市の佐喜眞美術館で、比嘉豊光さん撮影の写真による展覧会が開催されます。
展覧会の会期中にシンポジウムが開かれるのですが、私が当該シンポジウムのプログラム・コーディネーターを勤めることになりました。
概要は以下の通りです。

シンポジウム「「骨」をめぐる思考」
開催日時:8月15日(日)14:00~
会場:佐喜眞美術館  
プログラム・コーディネーター:土屋誠一

(1)「写真の「残りのもの」――死/表象をめぐって」
パネリスト:
倉石信乃(詩人、批評家、明治大学准教授)
豊島重之(ICANOFキュレーター)
土屋誠一(美術批評家、沖縄県立芸術大学講師)

(2)「はたして「戦後」なのか?――遺骨の語るもの」
パネリスト:
北村毅(文化人類学、沖縄研究、早稲田大学客員准教授)
西谷修(フランス思想、戦争論、東京外国語大学教授)
屋嘉比収(日本近現代思想史、沖縄学、沖縄大学准教授)
司会:
土屋誠一

かなりハードなパネリストの面々を相手に、1日に2つのパネルに出席となっていて、大丈夫か俺、という感じですが……。
日程は世間で言うところのお盆ど真ん中ではありますが、沖縄県内の方のみならず、遠方の方もぜひご参集いただければ幸いです。
ちなみに、シンポジウムの開催日は、いわゆる「終戦記念日」ですが、沖縄においてあえて「日本」の終戦記念日に当て込んでいるところが、このシンポジムのミソです。

なお、展覧会の概要は以下の通りです。
展覧会も、かなりハードな内容になりそうです。

「骨からの戦世(イクサユ)―65年目の沖縄戦 比嘉豊光展」
展覧会期:2010年8月11日(水)~8月23日(月)
展覧会場:佐喜眞美術館
キュレーター:遠藤水城
主催:「骨からの戦世」展実行委員会
共催:佐喜眞美術館
協力:岩波書店、写真弘社、日本カメラ社

展覧会の内容については、佐喜眞美術館のウェブサイト
http://sakima.jp/
か、ARTiTのウェブサイト内にある、本展キュレーターの遠藤水城さんのブログで順次アップされるであろうエントリ
http://www.art-it.asia/u/ab_endom
などが参考になるかと思われます。
# by rnfrst | 2010-07-08 23:59

「ひろしま in OKINAWA 石内都展」 シンポジウム

沖縄・宜野湾市にある佐喜眞美術館で、今月16日から石内都さんの個展が開催されますが、その関連シンポジウムに出席します。
展覧会の概要は、美術館のウェブサイトを参照してください。
http://sakima.jp/

6月20日(日)15:00- @佐喜眞美術館
シンポジウム「記録と記憶をめぐって おきなわ/ひろしま/ながさき」
石内都・東松照明・比嘉豊光・土屋誠一

ご覧のごとく、ビッグネームの写真家たちが列席するシンポジウムですね……。
「普天間問題」渦中のデリケートなタイミングではありますが、むしろこんな状況下だからこそ、歴史的惨禍と写真をめぐっての、真剣な議論が行われるべきだと思います。
# by rnfrst | 2010-06-08 02:04

座談会「なぜ、沖縄か」

つい先日発行されたばかりの最新号、写真雑誌『LP』11号に、私が参加した座談会が掲載されています。

石川直樹・土屋誠一・タイラジュン「なぜ、沖縄か」

『LP』は写真家たちによって沖縄で発行されている同人誌で、一般書店では入手し難いですが、この雑誌のウェブサイトに入手可能な書店一覧が出ています。
通信販売も行われています。
http://lp-magazine.net/

ところでこの号には、友寄寛子さんによる、写真家・伊志嶺隆についての記事が掲載されています。
友寄さんは、沖縄戦後写真を真摯に研究している、恐らく唯一の研究者で、2011年1月5日~1月16日に那覇市民ギャラリーで開催される、「伊志嶺隆写真展」の企画にも深く関わっておられます。
ちなみに目下のところ、私の職場の同僚でもあります。
伊志嶺隆という、沖縄で活動し、極めて特異なスタイルを持った写真家は、とても寡作であり、かつ1993年に四十代後半で夭折しています。
そのような事情もあって、彼の活動の全貌はほとんど知られていないわけですが、この展覧会は、丁寧な作品調査に基づいたものとしては、初めての回顧展になるようです。
この展覧会は巡回しないようですし、伊志嶺の写真がまとまって見られる機会は、恐らくこれを見逃すと当分ないでしょう。
# by rnfrst | 2010-06-08 00:50

ブログ開設

個人ブログを開設しました。
twitterでの情報発信がデフォルトになりつつある現在、「いまさらブログw」という感じですけれども、基本的に反時代的な者なので、それも良いかと。
業務告知がメインになりますが、それ以外のエントリをアップすることもあるかもしれません。
# by rnfrst | 2010-06-08 00:15